ここ半年、私は Antigravity・Cursor・Bolt の3つを実際のプロジェクトで使い分けてきました。最初は「比較記事を読んで一番良いやつを選べばいい」と考えていたのですが、3つを並行運用してみて分かったのは、こうした記事のほとんどが「自分のプロジェクトに当てはめると外れる」ということでした。
機能表が同じツールでも、立ち上げ中のスタートアップと、5年もののiOSアプリを抱えた個人開発と、3Dゲームの開発では、最適解はまったく違います。ここで「総合点で勝つツール」ではなく、自分のプロジェクトで何を選ぶべきかを判断するためのフレームワークと、私が実際にぶつかった失敗をシェアします。
比較表に頼ると判断を間違える3つの理由
最初に正直に書いておきますが、私はこの半年で2回、比較記事を信じて移行に失敗しました。失敗の根本原因はいつも同じで、評価軸が「ツール側」になっていたからです。
ひとつ目の理由は、スペックが実装の質を保証しないことです。たとえば「マルチエージェント対応」という同じ機能でも、Antigravity の Workspace 上で複数エージェントが並列に動くのと、Cursor の Composer がバックグラウンドで分割実行するのとでは、開発体験がまったく違います。前者はエージェントの責務分離を強制してくれるので大規模リファクタに強い一方、後者は単発タスクで小回りが利きます。表に「○」と書かれた機能は、スプレッドシートでは同じでも、現場では別物です。
ふたつ目は、ベンチマークが自分のドメインに当てはまらないことです。SWE-bench や HumanEval のスコアが高いツールが、Swift × SwiftUI × CoreData の組み合わせで強いとは限りません。私の壁紙アプリ(CoreData + WidgetKit + StoreKit2)では、Web系ベンチで1位だったツールが3位のツールに完敗しました。学習データの偏りは、ベンチマーク表には現れません。
3つ目は、開発者の脳との相性です。私はキーボード中心で動くタイプなので、Cursor の cmd+K と cmd+L の往復は手に馴染みます。一方、もう少しビジュアル思考の友人は、Bolt のプレビュー駆動の方が明確に速い。同じツールが「最高」「使えない」と評価が割れるのは、評価者の作業スタイルに依存するからです。
この3点を踏まえると、「総合実用的」という比較は、自分のプロジェクトの判断材料にはほぼなりません。
私が使っているプロジェクト分類フレームワーク
そこで私はプロジェクトを5つの軸で分類してから、ツールを選ぶようにしています。これは半年間試行錯誤して落ち着いた形で、特に新しい案件を始めるときに5分で決断できるようになりました。
1軸目は「コードベースの成熟度」です。ゼロから始めるか、5,000行までか、5万行を超えているかで、AIが扱える複雑さの限界が変わります。Bolt はゼロから始める案件で抜群ですが、5万行を超える既存コードに後付けで導入するのは事実上不可能です。
2軸目は「ターゲット環境」。Web/Next.js なら3つ全部が選択肢に入りますが、ネイティブモバイル(特に Swift/Kotlin)になると Antigravity と Cursor の2択、3Dゲーム(Unreal/Unity)になると現状ほぼ Antigravity 一択です。
3軸目は「並列性が必要か」。タスクを分割して複数エージェントに振りたい案件(たとえば、フロント・バックエンド・テストを別エージェントに任せたい)は Antigravity の Workspace モデルが圧倒的です。一人で順次手を動かすスタイルなら Cursor で十分。
4軸目は「自分の経験値」。AIに丸投げしたい場合は Bolt の方向性が合いますが、コードを自分で書きたい・読みたい人には逆にストレスになります。一方、Cursor は「補助輪付きの自分」で、Antigravity は「複数の同僚と並走する自分」という感覚です。
5軸目は「予算」。ここは表面的な月額料金ではなく、後述する「隠れたコスト」を含めて評価する必要があります。
この5軸を使うと、判断はだいたい機械的に決まります。たとえば「ネイティブiOSアプリ・5年もの・並列性は不要・自分でコードを書きたい・予算月額3,000円」なら Cursor 一択になります。
それぞれの「真の強み」と「向かない領域」
機能表ではなく、半年の実運用で見えた本質的な強みと弱みを書きます。
Antigravity の真の強みは「責務分離が強制される」ことです。Workspace 上で Planner・Coder・Reviewer のような役割分担が自然に発生し、その結果コードベースの保守性が上がります。私は最近、Workspace ごとに「機能追加」「リファクタ」「テスト追加」を分けて運用しているのですが、これをやり始めてから「壊れた状態で次の作業に進む」というアンチパターンが激減しました。一方で向かないのは、5分で終わる単発のスクリプト書きです。Workspace を立ち上げる初期コストが、タスクの所要時間を上回ってしまいます。
Cursor の真の強みは「思考の流れに割り込まない」ことです。コードを書きながら cmd+K で局所的に補完、迷ったら cmd+L で全体的な相談、という往復が低摩擦で、フロー状態を維持しやすい。私は雑なリファクタや「このメソッドだけ書き換えたい」というタスクでは Cursor を選びます。向かないのは、複数ファイルを同時に大規模に書き換える案件です。Composer は便利ですが、Antigravity の並列エージェントには規模で勝てません。
Bolt の真の強みは「アイデアからプロトタイプまでの距離が最短」なことです。プロンプトを投げると数秒でプレビューが立ち上がり、UIをクリックしながら方向性を決められる。これはMVP検証や、クライアントへのデモ作成では強力です。向かないのは、長期保守を前提とした堅牢なコードベース構築です。「動く」と「保守できる」の間には深い谷があり、Bolt の出力を本番に持っていくには結局かなりの書き直しが発生します。
ケーススタディ1:スタートアップMVPの立ち上げ
知人のスタートアップで、2週間でMVPを作ってクライアントにデモする、という案件がありました。Web/Next.js + Supabase 構成で、認証・決済・管理画面まで含む内容です。
最初の判断は Bolt 一択でした。理由は明確で、フレームワーク(Next.js)と外部サービス(Supabase, Stripe)の組み合わせが Bolt の最も得意とする領域だからです。実際、初日の夜には認証付きのトップページが立ち上がり、3日目には Stripe Checkout まで動きました。
ところが、Day 5 で頭打ちになりました。Supabase の RLS ポリシーが複雑になってきたあたりで、Bolt が一貫した方針を保てなくなり、テーブルAとテーブルBで権限の考え方が食い違うコードを生成し始めたのです。ここで私は判断を切り替えて、Bolt の出力を Cursor に持ち込み、RLS だけ手動で書き直しました。
学びは2つあります。ひとつは、Bolt は「ゼロから3割」の加速力が圧倒的だが、「3割から完成」では別ツールへの引き継ぎが必要だということ。もうひとつは、引き継ぎ可能なコード構造で出力するように、最初からフォルダ構成や命名を Bolt にプロンプトで指示しておくと、後の移行コストが半分以下になることです。
このケースで Antigravity を使わなかった理由は、2週間という納期に対して並列性の恩恵より、プロトタイピング速度の方が支配的だと判断したからです。
ケーススタディ2:既存React Nativeアプリへの統合(私の失敗事例)
こちらは正直に書きますが、私の失敗事例です。3年運用している React Native アプリ(行数で約4万行)に、新機能として AI チャット画面を追加する案件で、Antigravity を選びました。
結論から言うと、3日目で Cursor に戻しました。原因は2つ。
ひとつは、Antigravity の Workspace モデルが、既存コードベースの「暗黙の流儀」を尊重するのが苦手だったことです。新規プロジェクトなら責務分離を強制してくれるのが強みですが、既存コードに後付けで入ると、その「強制」が今度はノイズになります。たとえば、私のプロジェクトでは Redux ではなく Zustand を使っていて、ヘルパー関数の命名規則も独自でしたが、Antigravity のエージェントは「より一般的な書き方」を提案し続け、毎回プロジェクト規約を説明し直す必要がありました。
もうひとつは、エージェント間の状態共有のコストです。並列性が活きるのは「責務が綺麗に分離できる新規開発」であって、既存コードへの統合では、エージェント間で「このプロジェクトの常識」を共有するためのオーバーヘッドが、並列実行の恩恵を上回ってしまいました。
Cursor に戻したらすぐに作業が進み、結果として AI チャット画面は予定の倍の速度で完成しました。
学びは、ツールの「強み」が状況によっては「弱み」になることです。「並列性」「責務分離の強制」は新規大規模開発では武器ですが、既存プロジェクト統合ではノイズになり得ます。
ケーススタディ3:ゲーム開発・3Dワークフロー
知人のインディーゲーム開発者と Unreal Engine 5 + Antigravity の組み合わせを試した案件です。NPC のAI挙動と、プロシージャル生成のレベルデザインに AI 支援を入れたい、という要望でした。
ここでは Antigravity 一択でした。理由は、Cursor も Bolt も、UE5 のソースグラフ(Blueprint)と C++ の混在環境を理解する文脈が学習データにほぼ無いからです。Antigravity は Google 系の3Dワークフロー連携が強く、特に Workspace 内で「Blueprint側エージェント」と「C++側エージェント」を分離できる点が刺さりました。
具体的には、NPC の状態遷移は Blueprint 側、低レベルの最適化は C++ 側、と責務を分けることで、両方の言語的特性を尊重した実装ができました。これは Cursor の単一コンテキストでは原理的に難しい構造です。
ただし、ここでも注意点があります。Antigravity の UE5 連携は半年前から急速に強化されているものの、まだプラグイン依存の部分が多く、UE5 のバージョンアップに追従できないケースが何度かありました。商用プロジェクトに導入する場合は、プラグインのリリースノートを定期的にチェックする運用が必須です。
価格構造の隠れたコスト
公開されている月額料金だけ見ると、3者は似たレンジに収まりますが、実際に運用してみると「隠れたコスト」が無視できません。
Antigravity の隠れコストは「並列実行のクォータ消費」です。Workspace で4エージェントを並列に動かすと、単純計算で API クォータも4倍消費します。料金プランの「無制限」は人間の入力速度を前提としていて、エージェント並列を計算に入れていないことが多いので、上位プランへの移行が想定より早く必要になります。
Cursor の隠れコストは「Composer の Premium モデル課金」です。基本プランの範囲では十分快適ですが、長文コンテキストや高品質モデル(特に Opus 系)を頻繁に使うと、追加課金が積み上がります。月額20ドルのつもりが、結果として月50ドル超えになるパターンを何度も見ました。
Bolt の隠れコストは「書き直しの工数」です。出力されるコードを本番品質に持っていくための人件費・時間を、ツールの月額コストに加算して考える必要があります。私の感覚値では、Bolt の出力をプロダクションに乗せるには、出力コードと同等行数の書き直しが発生します。
つまり「価格÷成果」の本当の比較は、月額表ではなく、自分のプロジェクトでの実コスト試算からしか出てきません。
移行を検討すべきタイミング
途中でツールを切り替えるべきタイミングのシグナルは、半年運用してみると意外とはっきりしています。
Antigravity → Cursor への移行を検討すべきは、Workspace の立ち上げコストがタスクの所要時間を上回り始めたときです。具体的には「3エージェント立ち上げて15分後に成果が出る」より「Cursor で5分で終わる」タスクが続いたら、タスク粒度が小さい時期に入った合図です。
Cursor → Antigravity への移行は、コードベースが「並列にしないと進まない規模」に達したときです。私の経験則では、コードベースが2万行を超えて、複数の独立したサブシステム(フロント・バック・モバイル等)を抱えるようになったら、Antigravity の方が総合速度で上回ります。
Bolt からの卒業時期は、もっと早く判定できます。「最後に Bolt の出力をそのまま使った日」が1週間前より古くなり、「Bolt の出力を Cursor で書き直す」のが日常になった時点で、Bolt の役目は終わっています。
私の現時点での結論
この半年の経験を踏まえた、私個人の結論を書きます。
新規プロジェクトの最初の3日は Bolt、その後 Cursor、コードベースが大きくなったら Antigravity、というのが私のデフォルト戦略です。これは「ツールを順番に切り替える」というより、「プロジェクトのフェーズに応じて主担当ツールを変える」という運用です。
並行して、3つすべてのサブスクリプションを契約しているのか、というと、そうしています。総額は月額1万円弱ですが、これは私の本業(個人アプリ開発)の時間単価で計算すると、月に2時間節約できればペイします。実際には毎月20時間以上節約できているので、ROI は十分です。
最後に、もしあなたが今この記事を読んでいて「結局どれを選べばいいか分からない」と感じているなら、まず2週間 Bolt を使ってみて、自分の作りたいものの解像度を上げることをおすすめします。プロトタイプを動かしてみると、自分が何に困るのかが見えてきて、次のツール選定が一気に楽になります。
ツール選びは目的ではなく、自分のプロジェクトを前に進める手段です。本稿のフレームワークが、その判断を5分で済ませる助けになれば嬉しいです。