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AIが95%のコードを書く今、私が残り5%に込めていること

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統計を取っているわけではないですが、感覚として今の私のコードの95%近くは、Antigravityのエージェントが書いています。

私が自分で書くのは残りの5%です。

その5%が何かを考え始めたのは、ゴールデンウィークに7日間集中してAntigravityと向き合ったことがきっかけでした。「手放せたことと、まだ手放せないこと」を整理しようとしながら、ふと浮かんだ問いです——私はなぜ、まだ自分でコードを書こうとするのでしょうか。

エージェントに任せた後、私は何をしているか

AntigravityのAgentモードは、ひとつのタスクをエンドツーエンドで処理できます。「このAPIにエラーハンドリングを追加して、テストも書いて」と伝えれば、ファイルを開き、コードを編集し、テストスイートを走らせ、失敗があれば修正し、完了まで持っていきます。

最初の数ヶ月、私はこれを「速度の問題」として捉えていました。生産性が上がった、実装時間が短くなった。それは事実です。しかし半年近く経った今、もう少し深いところで何かが変わっていると感じています。

エージェントが走っている間、私は何をしているか。答えは、考えています

コードを書く手が止まることで、設計について考える時間が自然と生まれました。「なぜこういう構造にするのか」「このデータの流れは本当に自然か」「将来の自分が読んだとき、意図が伝わるか」。以前はコードを書きながら半ば無意識に行っていた思考が、エージェントに委託してからは明示的な作業になりました。

私が手放せない5%

2014年から個人でアプリ開発を続けてきて、累計5,000万ダウンロードを超えました。壁紙・癒し・引き寄せ系のアプリが中心で、広告収益が月に100万円を超えた時期もあります。その経験を通じて、一つ確信していることがあります——ユーザーに届くアプリとそうでないアプリの差は、コードの質だけでは決まらない、ということです。

差を生むのは、「誰のための何か」という問いに、どれだけ正直に向き合えたかだと感じています。

Antigravityのエージェントは、私が「何を作るか」を決めてくれません。「この機能は本当に必要か」「この体験はユーザーにとって自然か」「この画面の余白は静けさを伝えているか」——そういった判断は、まだ100%私の領域にあります。

私が残り5%に込めているのは、この「判断の積み重ね」です。

宮大工の祖父から受け継いだこと

両祖父はともに宮大工でした。神社仏閣を建てることを生業とした人たちです。幼い頃から「手を動かすことは一つの信心だ」という言葉を何度も聞かされてきました。

AIがコードを書く時代になって、私はその言葉の意味を改めて考えています。

祖父たちも、道具を使っていました。鑿、鉋、鋸——それぞれの道具に習熟し、どの場面でどの道具を使うかを判断する目を持つことが、職人としての核心だったはずです。Antigravityは、私にとっての道具です。その道具を使いこなすための判断眼は、まだ私自身が少しずつ磨いていくしかない。

手を動かす割合が変わっても、作ることへの責任は変わりません。

コードのオーナーシップについて

一つ、意識して続けていることがあります。エージェントが書いたコードも、必ず自分で通読することです。

理由は品質チェックだけではありません。コードを読むことで「なぜこういう実装にしたのか」を理解し、自分の思考と照合する作業をしています。理解できない部分は、エージェントに説明を求めるか、自分で書き直します。

5,000万ダウンロードを超えるまで続けてきたのは、作ったものへの責任感があったからだと思っています。その感覚だけは、AIツールがどう変わっても持ち続けたいと考えています。

AIが書けないもの

最後に一つだけ。

エージェントは、私がまだ言語化していない意図を読み取れません。「こういうアプリにしたい」という直感的なビジョン、ユーザーが口に出さない不満、デザインに込めた静けさの意味——これらは私が伝えない限り、エージェントには届かない情報です。

2019年、吉祥寺駅の上空に光の輪が見えた日のことを、今でも鮮明に覚えています。あの瞬間、視覚表現の可能性について何かが確信に変わりました。その感覚をアプリに込めようとするとき、私はコードの一行ひとつを丁寧に書きたいと思う。

それが私の5%です。

残り5%のために、95%をエージェントに任せる——そういう関係性に、静かになってきた気がします。